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2026年4月1日水曜日

どこを走るの?

 

今日から自転車の青切符制度が始まる。私はロードバイクに乗っているので、日ごろ自転車の走行ルールについては考えさせられることが多い。多くの人が自転車は歩道を走るのが原則と思い込んでいるようだが、当然自転車は軽車両なので車道を走る乗り物だ。歩道を走れるのは限定的だが1つ困ったことがある。例えば三軒茶屋から渋谷のガード下を抜けて青山方面へ向かう時、ガード下手前では車線が5つあり、最も左は左折レーンでその右2レーンは表参道方面、さらに右2レーンが青山方面である。そして車線変更禁止の黄色いラインがある。このため青山方面に行くには左から4番目のレーンまで黄色いラインが始まる前までに車線変更しなくてはならない。ほとんど自殺行為だ。

渋谷ガード下登り車線
 青山方面に行くにはトラックの後ろまで行く必要がある。


また最近知ったのだが自転車は左折レーンを直進できるとうこと。この規制は自動車のみで軽車両は対象外。黄色い車線変更禁止は軽車両も守らなくてはならない。

こちらは溜池から表参道方面に向かう交差点だが左レーンは左折専用だがわざわさ右ラインに映らなくてもそのまま直進できる。ただ左折車の巻き込みには注意が必要

左折レーン(赤)を走行していても自転車は直進できる


リスクを回避するならそのまま左折してどこかの横断歩道を降りて押し歩くと言うことになるのだがこれは自転車にとってかなり不便だ。車道による車と自転車の共存なかなか難しい面が多い。

自転車専用のためにフェンスで車と分けて自転車専用レーンを作っているところもあるが、これはちょっと私にとっては使いたくない場所である。ここにはママチャリも子供用の自転車も走れて大体幅が狭い。となるとロードバイクとママチャリ、子供用自転車が狭いレーンを共存すると言うことになりこれはこれで非常に走りにくい。

お金をかけて整備してるがロードバイクでは走る気にならない

私は矢羽の自転車レーン表示は非常に有効だと思っている。車両がいたら右側を注意してすり抜けていく。



左レーン以外を走行することは自分がいくら正しくてもリスクは高いので充分注意して走らなくてはいけない。事故った場合、怪我をするのは自転車側だ。

2015年9月12日土曜日

ハイリスク・ハイリターン

日本は災害を受けやすい国土である内閣府のHPによると世界全体に占める日本の災害発生割合は,マグニチュード6以上の地震回数20.8%,活火山数7.0%,死者数0.4%,災害被害額18.3%など,世界の0.25%の国土面積に比して,非常に高くなっている
単純に国土面積の割合で考えると地震では平均の83.2倍、火山28倍、死者数1.6倍、被害額73倍ということになる
こんなにリスクの高い国土に我々は先史時代から暮らしてきたわけである。
逃げ出してもよさそうな過酷な国土であるがそれ以上の価値がこの国土にはある
それは豊かな四季と温泉、水環境、それらにより培われた自然、文化といったかけがえのない風土だ
日本と同じような緯度の国であれば春夏秋冬という年間の温度変化はあるが日本の場合は
大陸と太平洋の境で温暖湿潤気候にある事が単純の温度変化のみではなくはっきりした気候の変化も生みそれが相まって世界的にもめずらしく四季が文化にまでなっているのである。

このリターンがなければこんなリスクの高い国土に人間は住み続けなかったのではないだろうか?
しかし近代になって経済成長の大号令のもとこのリターンを自ら壊すようなことを行ってきた。

先日、鬼怒川が氾濫して大きな被害がでた。リスクをしっかりとらえてリターンを大切にしたい。

追記
先日(2016/4/14)熊本で震度7、マグニチュード6.5の地震が発生した。その後16日にも震度7、マグニチュード7.3が発生し、こちらが本震で14日の地震は前震であると発表された。この時わたしは初めて前震という言葉を知った。
熊本、大分では大きな被害が出ている。
改めて思うがマグネチュードというのは誤解されやすい。震度と値が似ているのが原因だと思う。
マグニチュードは+0.2でエネルギーが2倍、+1で32倍になる。+2では約1000倍になるのだ。
今回の前震のマグニチュードが6.5、本震が7.3ということはエネルギーの差は16倍(2*2*2*2)となる。
7.3/6.5=1.12倍ではないのだ。16倍なのに震度が同じなのは震源地の距離、地質などの原因だと思う。
東日本大震災のマグネチュード9.0は今回の本震の360倍というとてつもない大きさになる。
仮にマグネチュード5.0のエネルギーをE1(Eは地震エネルギーの単位とする)とすれば今回の前震はE180、本震はE2,900、東日本大震災はE1,000,000ということになる。この方が震度と間違えないし大きさの違いが直感できると思う
のだが?
  • M4.0=E 0.1未満
  • M4.5= E0.5
  • M5.0 = E1
  • M5.5= E5.5
  • M6.0= E32
  • M6.5= E180
  • M7.0= E1,000 阪神・淡路大震災(M7.3) E2,900
  • M7.5= E5,500
  • M8.0= E32,000 関東大震災(M7.9) E23,000
  • M8.5= E180,000
  • M9.0= E1,000,000 東日本大震災
20191205追記 毎日新聞より


2015年9月11日金曜日

地球凶暴化

地球温暖化などといわれ続けているが「温暖化」という言葉は大きな誤解を与えているのではないかと思う。
そもそも温暖化という言葉には危機感がない。なにかのどかなイメージを与えている。
地球の平均気温が上がることによってどんなことが起きるのかが重要だ
熱波、寒波、台風、ハリケーン、豪雨、竜巻などの気象が依然より凶暴になっているのである。
地球温暖化などといったのんきな言葉ではなく「地球狂暴化」、または「地球過激化」、「地球激烈化」に改めたほうがいい!
そして我々は地球を刺激しないようにひっそりと暮らし地球に感謝する生活に改めるべきである。

2015年9月4日金曜日

コピーライト

オリンピックエンブレムが盗作疑惑で国立同様白紙に戻ってしまった。ラジオで例の滝クリの「お、も、て、な、し」を物まねして

「や、り、な、お、し」

と言っているのを聞いて思わず笑ってしまった。
エンブレムそのものは盗作ではないとしているがネット写真の無断使用や他の仕事でコピーなどが判明したのが原因らしい。

わたしも設計関係の仕事をしているのでイメージとしてネットの写真を利用することは多々ある。しかしそれは内部打合せの資料などに利用する場合であり、一般公開するような場合は極力気を付けるようにしている。
著作権は本来コピーライトといって申請するものではなく作成した人に

自動的に付加される権利

である。
よくCopyright © 2015 ○○○○ All Rights Reserved.などと記載しているが別に記載が義務づけられているのではない。ただ記載することで著作権を主張する意思がある事を明確にできる。
また最近は似たような画像がないかを検索する事が誰でも非常に簡単にできるようになった。

これは画期的である

images.google.comにアクセスして調べたい画像をアップロードすると似たような画像を世界中から瞬時にかき集めてくれるのである。

試に私も[三日月形[と[丸]という要素でオリンピックのエンブレムを作成してみた。
三日月形は「動き」、丸は「静:止まる」というスポーツの基本要素を意味しそれらにより走る姿を表現した。(五輪色で配色)
Copyright © 2015 MINORU MORIYA All Rights Reserved

 そこでこれを前述のように画像検索してみるといろいろ出てきたがさらにキーワードをオリンピック、スポーツなどとして絞り込んで検索した結果が下記である。 似たものはないようだが....

キーワード:オリンピック

キーワード:スポーツ



2015年8月13日木曜日

ゼロ・オプションで行こう! (MIYUKI PLAZA)


ゼロ・オプションとは何も作らないという事である。
2020東京オリンピックではさまざまな問題が噴出しているがゼロ・オプションという選択が実現すればすばらしい事だと思う。当ブログでも何度もいっているが成長社会から成熟社会へのシフトを考えれば

今ある資産を工夫して活用する

というゼロ・オプションのコンセプトは成熟社会を象徴するものだ
ゼロ・オプションについて河野太郎氏はブログで提案しているが要約すると
  •  陸上競技場(3万人):駒沢競技場を改修or日産スタジアム
  •  サッカースタジアム(5万人): 味の素スタジアム、さいたまスタジアム、日産スタジアム
  •  開会式・閉会式  :スタジアムでやらない
となる

特に開会式・閉会式 をスタジアムでやらないというのはすばらしいアイデアだと思う。
そもそも最近のオリンピックの 開会式・閉会式は巨額なお金をかけた壮大な舞台演劇のようでちょっとやりすぎじゃないかと思うのだ。もっとシンプルでいい。
例えば東京駅前から皇居に向かう行幸通りをセレモニイー会場として活用する。ここには日本の象徴である皇居、近代日本のシンボルとなる東京駅、そして最先端のオフィスビルがありまさしく日本を表現した舞台となる。通りに面したオフィスビルの窓際はプレミアムシートになるだろう。
通りには仮設の聖火台を設け、行進、選手宣誓、着火の儀式、プロジェクションマッッピングによる演出を行うがマスゲームのような事はしない。
オリンピック期間中は聖火の廻りに屋台村やパブリックビューイング施設を設置したり盆踊りなどで楽しめるようにすればいい。
 行幸通りは「ぎょうこうどおり」が正式名称だが行幸は「みゆき」とも読むのでこの仮設広場を「MIYUKI PLAZA」としたい


MIYUKI PLAZA (東京駅から皇居方面を望む)

サッカースタジアムはワールドカップ対応で8万人規模がFIFAの規程で必要だといわれているが、日本へのワールドカップ誘致は早くても19年先らしい。そんな先にFIFAが8万人にこだわるかどうかは甚だ疑問である。IT技術の進化によって会場にいかなくても今からでは想像もできないような臨場感が得られるシステムが登場してもなんら不思議ではないのだ。

となると国立競技状跡地はどうすればよいのか?
一般の人が楽しめるスポーツ公園として整備するのもよいが、いっそのこと市民農園にしたらどだろうか?スポーツの基礎は「食」である。あのザハ案が紆余屈折して畑になったら面白い。


代々木に市民農園?!



後日記載
2024パリオリンピックはセーヌ川で開会式を行う計画らしい。



2015年8月11日火曜日

救命ボートのない大型客船の出航

川内原発再稼働
不沈といわれたタイタニックは2212名の乗員、乗客に対して救命ボートは1200名分しかなかった。沈まない船に救命ボートはいらないという理屈だ。その結果1502名が海で凍死した。
川内原発が避難計画が不十分であるが今夜稼働するらしい。世界で一番厳しい基準??をクリアーした原発なので避難計画が不十分でもいいんだという理屈である。

タイタニックとまったく同じだ。

救命ボートが不十分だったタイタニック
避難計画が不十分な川内原発
タイタニックと違うのはこの船には周辺住民が強制的に乗船させられるということである。その数は数千人なのか数万人なのかあるいは数百万人になるかは不明だが強制的であることに変わりはない。船会社が巨額な資金を投入して作ったこの船は原子力船で燃費がいい。しかし同時に捨てる事ができないゴミがでる。それでも他の燃費の悪い船よりこの船をどうしても出航させたいのである。



「追記」
この時代の救命ボートは全員が一度に乗るというものではなく、近くの船への避難のためのものと考えられていたらしい。ピストン輸送が前提という事である。船舶輸送がメインであった時代なので航路には近くに何隻もの船があり共助という考え方が成り立ったようである。しかし実際には事故が深夜で最寄りの船舶には遭難信号が人的ミスで届かず貴重な人名が失われた。その後救命ボードは乗員人数分必要となった。


2015年8月9日日曜日

時差オリンピックのすすめ


2015年 7/27-8/8 日気温変化(平均値)
グラフは2015年 7/27-8/8 の一時間ごとの日気温変化の平均値である。
これによると気温28度以下(赤ライン)になる時間は午後11時から翌朝6時半までの7時間半
気温30度以下であれば午後6時半から翌8時半の14時間になる。
室内競技も含めオリンピックはこの時間帯に行えばよいと思う。

 なにも灼熱の日中に行う必要はない。

オリンピック期間は公共交通も24時間運行して 対応する。
自然光が必要な競技であれば朝4時半頃から可能である。
オリンピックのお祭り性という意味でも夜通し行うのは非日常的で楽しいのではないだろうか?
時差オリンピックはさらにメリットがある。欧米へのゴールデンタイム対応だ!
そもそもこの時期にオリンピックを行うのは欧米のスポーツスケージュールの対応が主な理由であるが日本時間の午後11時から午前6時半はニューヨークの午前10時~午後5時半、ロンドンなら午後3時から午後10時30分になる。

2015年8月5日水曜日

社会保険で振り回されたお話

私は一人会社を経営している。建設関係の設計の仕事であるが2002年に設立した
その時、某国民健康保険組合の方が事務所に訪れ社会保険、厚生年金に関する説明があり会社なので加入する事にした。
それ以前はサラリーマンだったのでこの分野についてはあまり知識もなかったが個人であれば、国民年金、国民健康保険のセット、法人であれば厚生年金、社会保険のセットで加入しなくてはならない程度は知っていた。
保険組合の健康保険は入院時の給付金や健康診断などもあり内容は充実していたが保険料は個人の国民健康保険に比較すると割高に感じた。今年から息子(大学生23歳)の保険料が月8000円程度値上がりすると知り他の保険を検討した。
[この組合保険は23歳以上でも女性なら保険料の値上げがない。参考のため理由を聞いたら女性は23歳以上でも働かず家にいる(花嫁修業?)のは一般的だからとの事。(なんと古典的な発想!)]
そんな時、法人でも国民健康保険に入っている人がいる事を知り保険料試算すると私の場合激減する事がわかったのだ。
そこで区役所に行き

「法人でも国民健康保険に加入できますか?」

 と窓口聞くと

 「入れます。そのような人もいます。」

 と言われた。それなら国民健康保険に移行しようと思い保険組合の方に脱会して国保に加入するつもりだと電話すると

「法律違反になります。」


と言われた。
そこで再度区役所に電話で尋ねるとまた

「加入することは可能です。」

と言われ頭が混乱してしまった。
法律違反でも役所が認める?
そこでまたも保険組合の窓口に行き脱会して国保に入るつもりだというと何事もなかったように手続きの方法を教えてくれたのだ。(個人事業主を勘違いしたのかも?)
なんだ国保に移れるだと思ったら直後保険組合の担当者から電話があり

「国保には移れません」

と言われた(窓口の人とは別の人)そして国保でなくて

「協会けんぽ」なら可能です

といわれた。私はそこで「協会けんぽ」というものを初めて知った訳である。
法人は何らかの保険組合に入るものだと思っていたがそもそも保険組合は大、中企業を中心とした組合であり「協会けんぽ」とは自前で健保組合を持てない中小企業の従業員やその家族を対象とした保険で加入する事業所の約8割が従業員10人未満の中小・零細企業とのことであった。私のような個人会社は初めから「協会けんぽ」にするべきであったのだ。
おかげで保険料は国保なみに激減した。
会社の規模のわりにはリッチな社会保険に加入していたわけで設立時の

知識不足を悔やむ。


加入者数(2013)                     ○法人可 ●法人不可

○全国健康保険協会「協会けんぽ」3,500万人
○健康保険組合(1443組合) 3,000万人
○国民健康保険組合(165組合)( 300万人)
●国民健康保険3,400万人
                          
保険組合が私のような一人会社も組合に加入させたのは営業であるから仕方がないが区役所が「法人でも国保に入れますよ」といったのは今だに不可解である。
しかし法人でも国民健康保険、国民年金に加入している人がいるのは事実のようだ。
法律違反になるが罰則があっても適用された例はなく、社会保険、厚生年金の場合、会社は社員が支払うべき保険料と同額の保険料を支払うことになるのでそれを避けるためらしい。







2015年7月17日金曜日

ターニングポイント2020

2020年のオリンピックを1964年のオリンピックのような経済成長の起爆剤とし
もう一度経済大国日本を復活させよう!といった期待を持っている人が少なからずいるようである
それは下記のオリンピック招致委員会が2012年 に発表した公式メッセージでも推測できる

-----------------------------------------
オリンピック・パラリンピックは夢をくれる。
そして力をくれる。
経済に力をくれる。
仕事をつくる。
それが未来をつくる。
そして世界の意識をニッポンにつれてきてくれる。
今、それがニッポンには必要だ。
2020年までにあらゆるジャンルのニッポンを復活させるために。
(中略)
このままだとこの国は世界から忘れられてしまうかもしれない。
今何かをしなければ、
この国の未来や子供たちの自信を奪うことになるかもしれない。
誇るべきことを誇るために、
勝つべきものを勝ちとろう。
-----------------------------------------------

かなり時代をはき違えているのではないだろうか
確かに1964年のオリンピックは経済成長国日本を世界にアピールするオリンピックであったが
2020年のオリンピックはそうではない!

日本が成熟社会という新たな時代へシフトするターニングポイント

であることを世界にアピールすべきオリンピックなのである
IOCも経済的負担の少ないオリンピックを推奨している。
それにもかかわらず2520億円という途方もない金額のメインスタジアムを建設しようとしている
組織委員会会長も「りっぱなスタジアムを造らないと世界に笑われる、メンツがたたない」などどいった時代錯誤の発言を聞いていると本当に情けなくなる。
ピカピカヌメヌメの巨大建造物はやめて日本建築のルーツである木材で作っても面白いと思うのだが...(http://natulogy.com/topics/7161/  )

http://natulogy.com/topics/7161/


と思っていたら先ほどメインスタジアム計画白紙撤回という速報があった。
とりあえずホッとしている。

2015/12/22 追記
白紙撤回後、再度コンペが行われ隈研吾氏のデザインが選定された。
「木と緑のスタジアム」がコンセプトで多くの木材が活用された設計で成熟社会にふさわしいデザインだと思う。
木と緑のスタジアム(隈研吾)
 伊藤豊雄氏もコンペに参加していてこちらも神社の御柱がスタジアムを取り囲むようなデザインでふんだんに木材を活用していてよかった。
伊藤氏は前回のコンペにも参加し、その後既存競技場のリノベーション案なども提案し積極的に関わっていただけにちょっと残念でもある。

[追記20181227]
以下に大変興味深い記事があった。
 
抜粋
これからの東京は、小さく幸せにしぼむべき
日本は世界に先駆けて少子高齢社会を突き進んでいますよね。少子高齢社会における幸せのモデルを世界に見せることができれば、1964年のイケイケだった頃の日本とはまったく違う、新しい分野のリーダーとして生まれ変わった姿を感じてもらえるんじゃないかと。日本の伝統的な社会の在り方を見ると、限られた国土や資源の中で小さな幸せを求めていくことで日本文化は洗練されてきたわけです。だからむしろ日本にはそうした社会の姿の方が向いているんじゃないかなと僕は思うんですよね。





2014年9月25日木曜日

怒れる二人の老婦人

定常状態システム (steady state economy)
先日、NHKのBSドキュメンタリーで興味深い番組をみた
Two Raging Grannies (ノルウェー2013 Faction Film)という番組で、直訳すれば「怒れる二人の老婦人」といったところだが邦訳は何故か「はつらつおばあちゃんが行く」であった。
題名は別として内容はシアトルに住む二人の老婦人が「経済成長」とは何だろうといった疑問ではじまり、エコロジー経済の専門家などからヒヤリングをする。今の社会は倒れないように一生懸命経済というペダルを漕ぎつづける自転車のようなもので問題はその先に深い崖がある事にみんなが気づいていない事だと教えられこのまま経済成長にこだわっては社会は崩壊すると確信する。そして経済成長の権化であるウォール街に二人で乗り込みパーティで無理やり脱経済成長のスピーチを強硬するが追い出される。それでもめげずに大学の広場で脱経済成長のスピーチをするが周りの学生にはほとんど無視されてしまう。それでも二人は経済成長が問題であると叫び続ける。

二人に多くの時間は残されてないが孫の時代のために種をまかなくてはならない。
といったストーリーであった。

この番組の中でエコロジー経済学者 ジョシュア・ファーレイが「定常状態システム」といった言葉を説明していた。経済成長をしなくても定常状態を維持すれば社会は進歩する。定常状態とは簡潔に言えば天然資源を採取し経済活動に用いたあと廃棄物として自然に返すという営みのスピードを定常化するということであった。
そのためのルールは下記の3つだと言っていた。
  1. 再生可能な資源は再生するより早く使ってはならない。
  2. 廃棄物は環境が吸収するより早く投棄してはならない。
  3. 再生可能な品物を開発するスピードより早いペースで再生不能な品物を使ってはならない。
経済活動は地球環境を維持できるレベルに抑えなくてはならないがそれでもなお人類は進歩できるはずで、価値観を成長の割合から進歩の質へとシフトさせる必要があるといっていた。
これはまさしく私がこのブログで述べている成熟社会のイメージである。
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番組の中でロバート.ケネディのGDPについてのスピーチ(youtube)が紹介されていたがこのスピーチもとても興味深いものであった。


ジョシュア・ファーレイ
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  「定常経済」について考える steady state economy (旭硝子財団HP)

私たちが求めているもの、そして国が提供すべきものは、持続可能で幸せな社会です。経済成長は、貧しい時代に幸せを得るための「手段」ではありましたが、それ自体が「目的」ではありません。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4002709140?adid=16WP2NK25NHRMPHPRVP8&camp=243&creative=1615&creativeASIN=4002709140&linkCode=as1&tag=junkoedahiro-22

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「後日追記」
先日、プラネタリーバウンダリーという講演を聞く機会があった。
Dr. Johan Rockström(ヨハン・ロックストローム博士:スウェーデン)が提示したもので
人類が地球システムで生存できる範囲の限界=プラネタリーバウンダリー(Planetary Boundaries)がどこにあるかを把握することが重要であり、それによって壊滅的な変化を回避し限界内の成長(プラネタリーバウンダリー内での繁栄)ができるとし、人々と地球の新しい方向性(持続可能な開発目標)を示すという内容であった。

これも前述の「定常状態を維持すれば社会は進歩する」という考え方に近いものだと感じた。

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平川克美氏:経済成長だけでは幸せにはなれない



「物」を中心とする規模の拡大から、倫理や心を重んじる新しい経済システムへ移行する
­ための処方箋を、ゲストの平川克美氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の­宮台真司が議論した。

2016/01/09 に公開
http://www.videonews.com/
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平田オリザ×津田大介「下り坂をそろそろと下る《普遍的な技術に依存しない発想》」2016.05.16


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先日(2016・3・15)NHKクローズアップ現代で“仕事がない世界”がやってくる!? という特集があった。
広井良典(千葉大学法政経学部教授)が出演し、今までの成長社会を前提とせず世界で初めて迎える人口減少社会に我々はどのように対応すべきかが重要であるといった内容であった。
広井氏には「ポスト資本主義」、定常型社会―新しい「豊かさ」の構想 などの書籍がある。
またwebで公開されている「拡大・成長」から「定常」の時代へ!なども大変興味深い内容であった。

[以下一部要約]
人類の歴史は、人口と経済が成長する「拡大・成長期」と、持続可能で文化的な発展が見られる「定常期」を交互に繰り返してきた。
 1度目の「拡大・成長期」は 誕生したばかりの人類が、狩猟・採集によって個体数を増やしてきた時期。
約5万年前、獲物や収穫物をとり過ぎた結果、食料問題・環境問題に直面し「定常期」に入る。
この時代に生まれたのが、ラスコーの壁画に象徴される文化の萌芽である。

 2度目の「拡大・成長期」は、約1万年前の農耕とともに始まり人口が爆発的に増へ、余剰生産物によって社会が階層化し、権力・国家の原型が生まれた。
紀元前5世紀ごろ過剰な食料生産は土地から生産力を奪い土地が痩せ、また食糧問題・環境問題に直面し、2度目の「定常期」に移行する。
精神革命が起こり、インドでは仏教が、中国では儒教や老荘思想が、ヨーロッパではギリシャ哲学が、中東では後のキリスト教につながるユダヤ教が生まれた。

3度目の「拡大・成長期」が、ここ300年から400年続く経済活動の拡大。その象徴が18世紀後半から進展した産業革命である。
この3度目の「拡大・成長期」が行き詰まり始めたのが、20世紀後半。人類は今、3度目の「定常期」の入り口に立っている。



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 動け、稼げ、ノルマを連成せよ、笑顔で顧客をゲットせよ、そして経済成長を止めるな。

これが現代経済の鉄則である。それから逃れることと、それに順応することと、どちらが狂っているのか。経済成長が下降に向かう今、別に私たちは経済成長を愛しているのではなく、そのためにー回限りの人生を捧げる必要もないことに気づき始めている。

気づく時間と気づく場所が生まれること。市井の人びとの川が流速を上げる屋史的条件は、そんな環境が整ったときである。

[シリーズ疫病と人間] 歴史学者 藤原辰史 毎日新聞20200829 より


2014年4月21日月曜日

経済成長社会への禁じ手


多民族国家
成熟社会を迎えるのは必須であるがどうしても経済成長にこだわるのであれば多民族国家になり人口を増やしていく必要がある。
大量の移民の受入である。人口ピーク時の1億2千万人にするには移民の割合が1/3ぐらい必要となる。(国立社会保障・人口問題研究所によると2060年には 人口は3分の2程度になると予測されている)
日本人が移民受入によって絶滅してしまうとは思わないが問題は日本の生活文化が失われてしまう危惧が大きい事だと思っている。
移民受入は多様性が増えるように見えるが文化の多様性からみると非常に危険である。
希望的な見方をすれば文化も多様化しそれぞれがより個性を発揮し進化するといった考え方もあるかもしれないが生態系の世界でおきている外来種による自生種の滅亡を考えればその見方はあまりにも楽観的である。
日本文化は世界的にみても他の国の植民地にならずに独自の島国文化を築き上げてきたという点で貴重である。
私は国粋主義者ではないしグローバル化は需要であるが経済成長のための労働力確保という目的のみで大量の移民を受け入れるのは必ず大きな問題を起こすと思っている。

後日追記
誤解がないように言いたいが、これは難民の受け入れを拒否すると言う話では全くない。難民と移民は別次元の話で、難民に対して日本はもっと積極的な対応してもらいたい。

追記資料
日経新聞(2014/5/27)で高度人材200万人増を(加藤久和 明治大学教授)といった記事で移民受け入れについて書かれていた。
経済成長のために高度な人材の移民は必要であるが人口維持のための受け入れは不可能であるといった趣旨であった(以下一部抜粋)

外国人労働者の受け入れを巡る議論で重要なのは、第1に、建設業などの人手不足に起因する短期的な受け入れと、人口減少に伴う長期的な移民の受け入れは、別次元であるということである。
---略-----
高度人材の受け入れを前向きにとらえたとしても、急速に人口が減る日本で、減少分をそのまま海外からの移民で補うことは、ほぼ不可能だということである。減少分を埋めるには1000万人単位の受け入れを考える必要があるが、社会的コストがあまりに大きくなる。 

毎日新聞2025/12/24
2028年まで受入上限数123万人に制限との記事
外国人労働者受け入れを制限したいと言う世論への対応と思われる

2014年3月29日土曜日

ユニバーサル・オリンピック

パラリンピックは現状ではオリンピックの後のおまけのようでテレビ放送も少なく盛り上がりにかける。先日ある議員がパラリンピックをオリンピックの前にやった方がよいのではないかといっていた
確かに現状よりその方がよいと私も思うのだがそもそもパラリンピックとオリンピックをなぜ分けるのか疑問を感じる。
みんな一緒にオリンピックをやればいいと思う。案としては障害によりカテゴリー分けして各競技を行うのだ。健常者は誰でも参加できるオープンカテゴリーにしか参加できないようにし、義足のランナーはオープンカテゴリーでも障害カテゴリーでも自分の参加したい方にエントリーする。
現実的にはさまざまな問題があるのかもしれないが健常者も障害者も同じ開会式と閉会式に参加するユニーバーサルなオリンピックになって欲しい

2014年2月17日月曜日

成熟社会


熟年国家の続編です。)

成長社会から成熟社会へのパラダイムシフトを向かえている
これに気づかず今までのような経済成長社会しかイメージできない人は多い。
これまでのような成長が不可能は理由は人口がすでに減少しているためである。
今後数十年は人口が減少し成長社会が終焉を向かえるのは避けようがない事実である。
では成熟社会とはどんな社会なのか?
私は「女性中心社会」だと考えている
成長期のような競争社会では男性的な行動原理がある程度有効であったが成熟社会では競争より共生が重要となり女性の行動原理に期待できる。
(河合隼雄の母性原理と父性原理によると母性が「わが子はすべてよい子」、父性は「よい子だけがわが子」といった特徴を持っているらしい。)
しかし女性の社会進出が進めば出生率が低下する可能性がある。
このまま人口減りつづければ成熟社会ではなく衰退社会となってしまう。
安定した成熟社会を築くためには安定した人口に収束していかなくてはならない
人口を超単純に考えてみる
子供が生めるのは女性だけで男性は生めない
胎児の性別はXY染色体の組み合わせで決まるので男女の出生割合はほぼ半分づつになる
男女比1:1なので女性が2人子供を生まなくては人口は維持できない。
病気、事故等で死亡してしまう事を考えれば出生率を2.0以上にする必要がある。
現在の出生率は1.4程度で、戦後のベビーブームでは出生率は4.3人以上であった
どうして出生率が下がってしまったのか
様々な要因があると思うが私は社会の家族システムの細分化、女性の高学歴化が大きな要因だと思う。
育児や介護は大家族のような廻りの目が多い方が対応しやすい。
家督制度から民主化といった大きな流れから大家族から核家族へと分化され
さらに情報社会化等により生活の多様性が進み核家族は個人へと細分化されている。
(リビング生活から個室生活へのシフト)
このような環境では女性が一人で子供を生み、育てるといった事への不安、また女性の高学歴化が出産による離職といった選択肢を避けるようになる。結婚しても子供はいなくてもよい、あるいは一人いれば十分と考える夫婦が多くても不思議でない。これでは出生率2.0以上は無理である。
しかし男は子供を生めないが育てることはできる。女が出産し、男が育てるのだ。
育メンなどといわれ育児ごっこをやるといったレベルの話ではなく専業主夫になってでも育児に真っ正面から取り組む。
現状では専業主夫というとかなりマイナーな存在であるがこれが当たり前になるくらいの社会全体の意識改革ができれば女性は出産して復職するといったことが当たり前な女性中心社会となる。
また二世帯住宅、二世帯対応集合住宅のようなお互いの独立性を維持しながら親子世代が隣接して生活するのは介護・育児等に関してはメリットが多い。夫だけでなくその父母世代で女性中心社会をサポートしていく。
出産、育児をサポートすれば人口が増加し再び成長社会へとシフトしていくのではないか?という考え方もできるが
私は過度な人口減少を食い止める程度の効果であり以前のような「産めよ増やせよ」的な状況にはならないと考えている
それは当時のような貧困、物欲が支配した社会ではないからである

成熟社会の大きな特徴は成長社会のような「所有」により生活が豊かになるといった価値観から「シェア」により豊かな生活をするといった価値観へのシフトだと思う。
最近シェアカー、シェアハウス等が話題になっているが物、空間といったハードをシェアーするだけではなく、技術、経験、労働といったソフトもシェアーする。これは老人パワーの活用も期待した細分化されてしまった個人を地域でつなぎ合わせる共助コミュニティ社会システムである。


成熟社会という言葉は40年以上前にイギリスのノーベル物理学者ガボールの著した『成熟社会』(1972)から使い始めたらしい。以下著書の要約
 -----------------------------------------
成熟社会とは、物質万能主義を排し、経済成長や大量消費社会のかわりに、高水準の物質文明と共存しつつも、精神的な豊かさや生活の質の向上を最優先させるような、平和で自由な社会
  1. 自然との闘いから人間性との闘いへ
  2. 物質的・手段的価値から精神的・表出的価値への推移(=成熟)

  • 消費社会の不毛と倦怠(けんたい)の 克服
  • 知能偏重から知能と倫理の調和
  • 善意と幸福を周囲に広げる人間の形成
  • 強制と支配ではなく自由と責任と連帯の拡充
  • 多様な個性と価値観を尊重し許 容する寛容な民主的社会の実現


生活の質の向上による社会の漸進的活性化を意図
人間にとって真の豊かさとは 何かを追求

 ---------------------------------------------日本大百科全書(ニッポニカ)の解説要約
40年以上前に近未来社会として提唱されたのだ。経済学者、社会学者ではなく物理学者というのがおもしろい。
当時は単独国家としての未来像であったがその後経済のグローバル化により他の発展途上の成長社会国家を経済的に取り込み経済成長をどうにか続けているのが現状ではないだろうか。



「参考」
ファミリーサポート事業(地域による育児のサポートシステム)

・シェアハウスで異世代同居 シニア×若者共生探る 
独立性確保と意思疎通カギ 
 新しい暮らし方として5年ほど前から脚光を浴びてきたシェアハウス。利用は若者中心というイメージが強かったが、最近はシニアと若者が一緒に住む試みも始まっている。(日経新聞 平成26年2月)

・ともに子育てシェアハウス ひとり親世帯も安心 
ご近所で一時預かり/シッター派遣 (日経新聞 平成26年2月)

・シェアハウス 間口広く 
音楽・ゴルフ仲間集う 疑似家族で安心感 
 居間などを入居者が共有するシェアハウスが多彩になってきた。ゴルフや音楽などの趣味に加えて、ひとり親だけが集まる物件も相次ぎ開設。賃料は周辺相場に比べて同程度だ。利便性だけでなく、一つ屋根の下で暮らす疑似家族のような楽しさや安心感が人気の背景にある。(日経新聞 平成26年2月)

2013年5月7日火曜日

国民は憲法を守る義務はない!(憲法とは?)


憲法は法律の上位に位置づけられている法律の王様のようなイメージがあったが最近そうではないことを知り自分の無知を嘆き、改めて考えさせられた。
現状の憲法は敗戦後アメリカに押し付けれられた憲法であると言われている
戦後マッカサーが日本政府に憲法案の作成を要求したが出てきたのが以前の憲法をベースとしてたためこれじゃダメだと思い自分で案をつくった。このマッカーサー個人案では日本は他国に武力で攻撃されても反撃してはいけない。(座して死を待つ)といった内容だったらしいがさすがにその部分はアメリカ側も削除して今の憲法の原案となったらしい。
憲法99条に
「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」
と謳われている。ようするに政治に携わる人(公務員)は憲法を守りなさいということである。逆に言えば一般国民に憲法を守りなさいとはいってないのである。
では憲法ってなんだろうと考えるとこれは国に対して憲法というルールに基づいて統治しなさいという国民と国との約束なんだと思う。国は憲法に基づいて統治するために法律というルールをつくり国民にこれ守らせる義務を課した。国は憲法を守る義務を負い、国民は法律を守る義務を負うという事だと思っている。ようするに憲法と法律はまったく異なる性質のルールなのだ。
納税、勤労、子供への教育の義務を国民に課しているので憲法は国民も守る義務があるという人もいるがこれは国が統治するにあたりそれらの義務を不平等がないように課しなさいと解釈すればいいのではないだろうか。
最近96条を改正するという動きが活発である。
この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」
この条文の「総議員の三分の二以上」を半分以上の賛成に改正するというもので、要は発議しやすくしたいという事だ。私は発議が容易になるのは悪いことではないと思う。
むしろ発議しやすくして国民に思考させる意味は大きいと思うが、国民投票による承認部分がかなり危険だと思っている。この部分は国民投票法で規定されているが国民投票法では投票数の過半数で承認となっており最低投票率は設けないとなっていて投票率が20%であればその過半数10%超えれば改正されてしまうのだ。国民の10%の賛成で国民と国との約束である憲法が改正されてしまうのは絶対におかしい。
発議しやすくするなら承認は有権者数の過半数にするべきである。96条を改正するなら合わせて国民投票法も改正すべきだ。

追記 
2016/11/3の毎日新聞で「最低投票率議論へ」 という記事が掲載された。
国会の憲法審査会で、憲法改正案の賛否を問う国民投票に関して、「最低投票率制度」の導入が議題になる見通しになった。2007年5月の国民投票法成立時に、参院が同制度を検討する付帯決議を行ったが、その後、議論が進んでいなかった。国会は改憲項目の絞り込みと同時に、国民投票の仕組みを充実させる作業を求められる。 

このとき自民党は最低投票率の設定に
1. 改憲反対勢力によるボイコット運動を誘発する。
2. 最低投票率を設定するのは困難
などという分けのわからない理由で反対したらしい
2007/4の全国世論調査でも77%が最低投票率の設定が必要だとしている。
海外では韓国、ロシアなどは有権者の50%以上を最低投票率として設定しているとのこと。




2013年4月27日土曜日

究極のサマータイム(不定時法)



草木も眠る丑三つ時、お江戸日本橋七つ立ち、明け六つなどと言ったフレーズは聞いた事があると思うがこれらは江戸時代用いられていた不定時法のよる時の呼び方である。
不定時法は現代の様に一日を均等に24で割って1時間を決めたのではなく夜明けに星が見えなくなる時を明け六つ(日の出30分前頃)、夕方暗くなり星が見えてくる時(日の入30分後頃)を暮れ六つとして昼と夜を別々に6等分して時間(一刻)を決めた。春分と秋分頃では昼夜の時間が同じなので一刻は2時間となるがそれ以外では昼と夜では一刻の時間が違う。夏では昼の一刻は夜の一刻より長くなり冬ではその逆になる。呼び方は二種類あり、干支で呼ぶ方法と数字で呼ぶ方法だ。
干支は真夜中の12時を「子」、日の出直前を「卯」、南中時を「午」、日暮時を「酉 」としてその間二つの干支が入り一日十二支で表した。そしてそれぞれの干支を四等分して呼んだ。冒頭の丑三つ時は丑時(*1時〜3時)の間を四等分した三番目の時間なので深夜2時から2時30分の間頃となる。
それぞれの干支の真ん中時間には正という字を付けて読んだ。
例えば午(うま)の真ん中を正午(しょううま)とよび現代でも正午として使われている。午前、午後も午の前と後という意味だと思われる。
数字の呼び方は子を九つとしてそれから順に呼んだが九つの次は十ではなく八つとなる。何故九つから始まり次が八つになるのかというと
中国の陰陽説の影響で九が良い数字とされその次の数字は九の倍数の十八とされていた、さらにその次は三倍数の二十七、三十六、、、となる。そしてこの十の位を省略したために九つの次が八つ、その次が六つ、五つ、四つとなったのである。
子の次の丑は八つ、寅は七つというように割り振っていく昼の午にまた九つにもどる。この方法による九の倍数の呼び方では12までは表現出来ないためであろうか?
数字の呼び方は午前、午後で二度出てくるが実生活では支障はなかった
(今でも午前、午後で同じ数字で呼んでいる)
現代では午前5時といえば夏ではすでに明るいが冬では真っ暗である(月夜は別)
しかし午前の七つといったら夏でも冬でも真っ暗なのである。
七つ立ちとはまだ夜があけない暗闇に出発したという事で灯りが必須となる。
江戸の人々は明け六つから暮れ六つにかけて行動した。
要するに明るい時に活動し暗くなったらさっさと寝ていたのである。
菜種油の値段が米の三倍だった時代に油に灯りを付けて行動をするのは採算が合わない。
明るい時にだけ一生懸命活動する江戸時代は究極のサマータイムだとおもうのである。
不夜城であった吉原は別世界であり、庶民は「寝るほど楽はなかりけり浮世のバカが起きて働く」といってさっさと寝ていた。
(*春分、秋分の頃の場合、夏至の時期であれば2時前後になる)


2013年4月24日水曜日

平均は曲者


平均という言葉は日常的に普通に使用されているがかなりの曲者である。
例えば平均寿命を考えてみる。
江戸初期の平均寿命は30歳ぐらいだと推定されている。平均寿命が50歳を超えたのはなんと戦後(1947年)の事である
平均寿命というとほとんどの人がその前後で死亡したと考えてしまうが
江戸初期の人々が30歳前後で、終戦直後の人々が50歳前後で死んだわけではない。
幼児、若年層の死亡率が高いのでこんな数字になってしまう訳である
七五三は死亡率の高い年齢を無事に過ごせた事を祝ったのである
信濃国湯舟沢村(現長野県)の江戸時代の資料によると51歳の平均余命が、
1675~1740年間 男性19.8歳 女性17.4歳
1741~1796年間 男性18.1歳 女性19.5歳
となっている (現代の平均余命)
これによると平均寿命30歳と言われている江戸初期でも51歳になった人の寿命は
平均70歳前後ということになり80歳の人がいても不思議ではないことになる。
平均という言葉はその全体像を歪める曲者である。

2013年4月22日月曜日

Yの悲劇 (ウーマンパワー)

x染色体      Y染色体 


初めてY染色体の写真を見たとき愕然とした。それまではY染色体というのはX染色体と同じ大きさで形も立派なYの字だと思い込んでいた。しかし現実はどう考えてもYというよりXのなりそこないといった失敗作のような染色体である。立派なX染色体を二つ持つ女(XX)に、情けないY染色体を持つ男(XY)が生物として勝てるはずがないと悟った。
きっと神様はこれでは男があまりにも悲惨であると思い、女より一回り大きな体とばか力を与えたのだと思う。
大きな体とばか力を与えられ自分の方が優れていると勘違いした男もいたかもしれないが染色体が生物しての優劣を明確に語っている。
ミロのビーナスとミケランジェロのダビデ像を比較してもビーナスの完璧な美しさに対しダビデ像の美しさには部品が余って付けたしたような1箇所が気になる
ということで女性の方が生物として優秀のなのだ。
勘違いした男により築かれた男社会には決別し女性の社会進出を進めるべきで
熟年社会での女性の役割は非常に重要だと思う。ウーマンパワーは偉大である
日本は女性議員の割合が先進諸国に比べ非常に低いと指摘されている。
そこで提案だが議員の性別の割合を法律で定めてはどうだろうか、例えば片方が4分の一以下になってはならないとする。もし選挙で女性が4分の一以下になった場合落選女性候補者の得票上位と当選男性候補者の得票が少ない者を入れ替えて4分の一以上にするのである。

2015-8-4追記
選挙区の議員定数を男女同数と定めれば必ず半分になる。(選挙区の定数は偶数とする)


2021-7-6追記
フランスではパリテ法という法律で男女がほぼ同数になるようになっている。
比例代表のようにして候補者を擁立するが順位は男女を交互にしなくてはいけない。一番目の候補の性別は各政党で定める事ができる。

2023-4-12追記
ノルウェーでも同様の比例代表による男女の割当て制度(クオータ制)があり男女ほぼ同数となっている
(quota:割り当て)

熟年国家


人口が減少している。人口が自然減少するのは有史以来初めてのことらしい。
それだけ人口減というのは社会システムの根底から揺り動かす出来事だと思うのだが
それでも日本は従来通りの経済成長を目指している。そして人口が減少する事が一大悪のように考えている。「産めよ増やせよ」の思想から何も変わっていない。
はっきり言って日本はもう若者ではない。鍛えれば鍛えるだけ体力がつく年代ではない。
50~60代のオヤジに100m10秒を切らせるために無理やり鍛えようとしているようなものだ。
それより50~60代なりの成長の仕方があると思うのだが

人口が減少する社会は熟年国家になったということだ。還暦や喜寿を祝うようにめでたい事でもある。今必要なのは人口減少を嘆きながら従来型の経済成長を目指すことではなく熟年国家としての新しい価値判断を模索しながら新しい成長を目指す事だと思う。
このままだと将来、若者一人で老人一人を養わなくてはならいといわれているが、これは単純に65才以上の人が全員養ってもらうという前提である。しかしこれからは元気老人が病気老人をサポートするということも考えられる。老人パワーは偉大なのである。
また経済成長主義により希薄になった近隣のサポート社会が再生されれば多くの人が安心して有意義に歳を重ねる事ができる熟年国家に近づけるのではないだろうか。


http://greenz.jp/main/wp-content/uploads/2014/10/document1.png

追記 20230803毎日新聞より



2013年3月23日土曜日

燃料電池車

イブリッドカーなどが増えてきたが私はハイブリッドカーが好きではない 
どっちつかずのスタンスが気に食わない。ガソリンか電気がはっきりしろ!と言いたい。 
将来的に見ればハイブリッドのような過渡期の技術は衰退するであろう。 
未来から見れば昔はこんな車があったというわらい話のネタになってしまうかもしれない 
電気自動車はガソリンスタンドのようなところで数分で充電することはできない。急速充電でも1時間くらいかかる 。(バッテリーまるごと交換する方法も検討されているようではあるが)
これではやはり不便である。ガソリン車のようにスタンドで数分で満タンに出来て200km以上は走行できないと使い物にならない。 
その点燃料電池車には期待がもてる。水素スタンドで数分で満タンに出来てガソリン車より走行距離は長くなる 
今のところ電気自動車の方が先行しているが本命は燃料電池車だと密かに思っている。 

2012年7月11日水曜日

ピーク節電

勘違いした節電が行われている
それは24時間節電しなければいけないと思い込んでいることである。
節電は総量ではなくピークで行う方が効果的である。24時間常に10%節電をするより電力に余裕がある時間は節電せず余裕のない時間に18%ほど節電する方が賢いのである。
暑い夏の夜にクーラーをつけずに我慢して熟睡できず疲労が溜まった状態で昼間熱中症になっては意味がない 夜はクーラーを利用して熟睡し、熱中症に負けない体力をつけるのが正解である 夜間電力を賢く利用することが重要である。
あまり知られていないが東京電力の契約プランにナイト10というプランがある。これは朝8時から夜10時までの電気料金が通常の1.5倍であるが夜10時から翌朝8時までの料金が半額以下になるプランでうまく利用すれば電気料金は安くなる。

グラフは今年6月の電気消費であるが、3200kwを境にこのプランの時間帯により分けることができる。
冷蔵庫のように24時間使用する場合は高くなってしまうが両方の時間が等しい時は同額、深夜が多い方が当然安くなる。このプランだと夜10時までは極力節電して10時以降は遠慮なく電気を使う、朝型の人であれば早朝から8時がパワータイムとなり洗濯、乾燥、アイロンがけ掃除、電子レンジ、空気清浄機、除湿機など総動員する事になる。
一日のサイクルの中にハレとケが存在する事が長く続ける秘訣であり、24時間常に節電では無理があると思う。
今回のような電力不足にはこの時間別料金システムを多いに活用する事でかなり改善むされると思う。10時から12時、1時から4時までの料金を3倍にするとか休日の電気料金を割引などにすればよい。現状のピーク時の電気使用量が3800kwであるが電気使用時間帯を変えるピーク節電で3200kwにできれば電気使用量の総量は変えずに発電量を16%削減できる。
問題なのは現状の電気メーターでは対応できないことである。ナイト10プランでも申し込んでから電気メーターの交換をするが、このメーターではカウンターが深夜と昼間用の2種類あり検針員が毎回この数字を読み取りにくる。この時間帯が細分化すればそれだけカウンターが必要で、読み取り作業も煩雑になり読み取りミスも多くなる懸念がある。
細分化した料金システムを導入するにはやはりスマートメーターの導入が必要になり多少時間が必要になると思う。その場合は単なる細分化ではなく電気の使用状況により単価が逐次変動するシステムも考えられる。家庭内のモニターにその時の単価が表示されるようすればピーク時の使用はかなり抑制されるであろう。(これはダイナミック・プライシングといわれ、実証実験の段階だそうだ)
さらに蓄電技術が発展し低コストで高容量のバッテリーが各家庭に導入されればエネルギー問題はほぼ解消されると思う



ナイト10の明細書
187kwh使用の時、基本料金と使用料で4417
通常の契約の時は
一段料金120*17.87=2144
二段料金67*22.86=1532
基本料 1092(40A)
合計4768円となり
この場合は350(7.8%)ほど安くなっている