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2015年9月12日土曜日

ハイリスク・ハイリターン

日本は災害を受けやすい国土である内閣府のHPによると世界全体に占める日本の災害発生割合は,マグニチュード6以上の地震回数20.8%,活火山数7.0%,死者数0.4%,災害被害額18.3%など,世界の0.25%の国土面積に比して,非常に高くなっている
単純に国土面積の割合で考えると地震では平均の83.2倍、火山28倍、死者数1.6倍、被害額73倍ということになる
こんなにリスクの高い国土に我々は先史時代から暮らしてきたわけである。
逃げ出してもよさそうな過酷な国土であるがそれ以上の価値がこの国土にはある
それは豊かな四季と温泉、水環境、それらにより培われた自然、文化といったかけがえのない風土だ
日本と同じような緯度の国であれば春夏秋冬という年間の温度変化はあるが日本の場合は
大陸と太平洋の境で温暖湿潤気候にある事が単純の温度変化のみではなくはっきりした気候の変化も生みそれが相まって世界的にもめずらしく四季が文化にまでなっているのである。

このリターンがなければこんなリスクの高い国土に人間は住み続けなかったのではないだろうか?
しかし近代になって経済成長の大号令のもとこのリターンを自ら壊すようなことを行ってきた。

先日、鬼怒川が氾濫して大きな被害がでた。リスクをしっかりとらえてリターンを大切にしたい。

追記
先日(2016/4/14)熊本で震度7、マグニチュード6.5の地震が発生した。その後16日にも震度7、マグニチュード7.3が発生し、こちらが本震で14日の地震は前震であると発表された。この時わたしは初めて前震という言葉を知った。
熊本、大分では大きな被害が出ている。
改めて思うがマグネチュードというのは誤解されやすい。震度と値が似ているのが原因だと思う。
マグニチュードは+0.2でエネルギーが2倍、+1で32倍になる。+2では約1000倍になるのだ。
今回の前震のマグニチュードが6.5、本震が7.3ということはエネルギーの差は16倍(2*2*2*2)となる。
7.3/6.5=1.12倍ではないのだ。16倍なのに震度が同じなのは震源地の距離、地質などの原因だと思う。
東日本大震災のマグネチュード9.0は今回の本震の360倍というとてつもない大きさになる。
仮にマグネチュード5.0のエネルギーをE1(Eは地震エネルギーの単位とする)とすれば今回の前震はE180、本震はE2,900、東日本大震災はE1,000,000ということになる。この方が震度と間違えないし大きさの違いが直感できると思う
のだが?
  • M4.0=E 0.1未満
  • M4.5= E0.5
  • M5.0 = E1
  • M5.5= E5.5
  • M6.0= E32
  • M6.5= E180
  • M7.0= E1,000 阪神・淡路大震災(M7.3) E2,900
  • M7.5= E5,500
  • M8.0= E32,000 関東大震災(M7.9) E23,000
  • M8.5= E180,000
  • M9.0= E1,000,000 東日本大震災
20191205追記 毎日新聞より


2015年9月4日金曜日

コピーライト

オリンピックエンブレムが盗作疑惑で国立同様白紙に戻ってしまった。ラジオで例の滝クリの「お、も、て、な、し」を物まねして

「や、り、な、お、し」

と言っているのを聞いて思わず笑ってしまった。
エンブレムそのものは盗作ではないとしているがネット写真の無断使用や他の仕事でコピーなどが判明したのが原因らしい。

わたしも設計関係の仕事をしているのでイメージとしてネットの写真を利用することは多々ある。しかしそれは内部打合せの資料などに利用する場合であり、一般公開するような場合は極力気を付けるようにしている。
著作権は本来コピーライトといって申請するものではなく作成した人に

自動的に付加される権利

である。
よくCopyright © 2015 ○○○○ All Rights Reserved.などと記載しているが別に記載が義務づけられているのではない。ただ記載することで著作権を主張する意思がある事を明確にできる。
また最近は似たような画像がないかを検索する事が誰でも非常に簡単にできるようになった。

これは画期的である

images.google.comにアクセスして調べたい画像をアップロードすると似たような画像を世界中から瞬時にかき集めてくれるのである。

試に私も[三日月形[と[丸]という要素でオリンピックのエンブレムを作成してみた。
三日月形は「動き」、丸は「静:止まる」というスポーツの基本要素を意味しそれらにより走る姿を表現した。(五輪色で配色)
Copyright © 2015 MINORU MORIYA All Rights Reserved

 そこでこれを前述のように画像検索してみるといろいろ出てきたがさらにキーワードをオリンピック、スポーツなどとして絞り込んで検索した結果が下記である。 似たものはないようだが....

キーワード:オリンピック

キーワード:スポーツ



2015年8月13日木曜日

ゼロ・オプションで行こう! (MIYUKI PLAZA)


ゼロ・オプションとは何も作らないという事である。
2020東京オリンピックではさまざまな問題が噴出しているがゼロ・オプションという選択が実現すればすばらしい事だと思う。当ブログでも何度もいっているが成長社会から成熟社会へのシフトを考えれば

今ある資産を工夫して活用する

というゼロ・オプションのコンセプトは成熟社会を象徴するものだ
ゼロ・オプションについて河野太郎氏はブログで提案しているが要約すると
  •  陸上競技場(3万人):駒沢競技場を改修or日産スタジアム
  •  サッカースタジアム(5万人): 味の素スタジアム、さいたまスタジアム、日産スタジアム
  •  開会式・閉会式  :スタジアムでやらない
となる

特に開会式・閉会式 をスタジアムでやらないというのはすばらしいアイデアだと思う。
そもそも最近のオリンピックの 開会式・閉会式は巨額なお金をかけた壮大な舞台演劇のようでちょっとやりすぎじゃないかと思うのだ。もっとシンプルでいい。
例えば東京駅前から皇居に向かう行幸通りをセレモニイー会場として活用する。ここには日本の象徴である皇居、近代日本のシンボルとなる東京駅、そして最先端のオフィスビルがありまさしく日本を表現した舞台となる。通りに面したオフィスビルの窓際はプレミアムシートになるだろう。
通りには仮設の聖火台を設け、行進、選手宣誓、着火の儀式、プロジェクションマッッピングによる演出を行うがマスゲームのような事はしない。
オリンピック期間中は聖火の廻りに屋台村やパブリックビューイング施設を設置したり盆踊りなどで楽しめるようにすればいい。
 行幸通りは「ぎょうこうどおり」が正式名称だが行幸は「みゆき」とも読むのでこの仮設広場を「MIYUKI PLAZA」としたい


MIYUKI PLAZA (東京駅から皇居方面を望む)

サッカースタジアムはワールドカップ対応で8万人規模がFIFAの規程で必要だといわれているが、日本へのワールドカップ誘致は早くても19年先らしい。そんな先にFIFAが8万人にこだわるかどうかは甚だ疑問である。IT技術の進化によって会場にいかなくても今からでは想像もできないような臨場感が得られるシステムが登場してもなんら不思議ではないのだ。

となると国立競技状跡地はどうすればよいのか?
一般の人が楽しめるスポーツ公園として整備するのもよいが、いっそのこと市民農園にしたらどだろうか?スポーツの基礎は「食」である。あのザハ案が紆余屈折して畑になったら面白い。


代々木に市民農園?!



後日記載
2024パリオリンピックはセーヌ川で開会式を行う計画らしい。



2015年8月4日火曜日

「どこでも事務所」



ドラフター
1985年(バック・トゥ・ザ・フューチャー公開時)頃の設計の仕事ではコンピュータはなく、電卓とワープロだけであった。そのためドラフターと呼ばれる製図台が必須であった。製図台には平行線と直角を書くための装置がセットされていた。図面はトレッシングペーパー(半透明の紙)に鉛 筆で作図する。その時テンプレートという文字を書くプレートがあった数字と英語の溝の切れ込みがある薄い板でその溝にそって文字を書くのである。ひらが な、漢字はないので手書きになる。
書きあがった図面は原図とよばれ原図のコピーが必要な場合は第二原図といって図面業者の方に依頼する。図面業者はこのほか図面製本なども行った(余った用紙でメモ帳などもサービスで作ってくれた。)
原図から紙にコピーするときは感光紙と原図を合わせて青焼き機というものに挿入する。A0ぐらいまでは印刷可能だが一枚づつ手差しで行う必要がある。この 作業は「焼く」と呼ばれたが「この原図をB1で焼いてきて!」と新人に頼んだら地下1階で原図を燃やした。というジョークがまことしやかに語られた。青焼 きは青系のモノトーン印刷なので色を付ける時はマーカーまたは色鉛筆で塗り絵のようにな作業を行う。むらなく色を塗るには技術が必要であった。またマー カーなどはすぐに乾いて使えなくなってしまう事がよくあった。
マーカー
青焼き機
青焼図面

メーカーの製品情報などはカタログを本棚に詰め込んだ。カタログを更新する作業が滞りがちで10年以上前に倒産したメーカーのカタログがスペースを占領し ていることもよくある。参考図書や参考写真の保管も膨大なスペースが必要であった。しかも保管した写真が活用される確率は限りなく低かった。
撮りためた写真

プラニメーター

専門書、カタログ棚
積算作業では図面から定規(三角スケール:通称サンスケ)で数量を拾う。面積は三斜といって図りたい面積を三角形に分けて算出したりした。のちにプラニメーターと呼ばれる装置が導入された。これは面積を図りたいラインにそって動かすと面積が自動的に算出されるという優れものだった。
計算は電卓のみなのでシュミレーション的な事は不可能であった。たとえば工事費の積算はまず基準単価(作業員の日当や材料単価)を設定してからそれをベースに各工種の金額を算出して最終的に全体工事費だすのであるが基準単価を変更することはやり直しを意味する。
契約書や仕様書などはワープロを利用したがこの頃はまだワープロが使われだした頃でまだ写植でも原稿を作成していた 。
通信手段は固定電話とFAXだけだった。書類を送るときは郵送である。図面は筒状の図面ケースに入れて持ち運んだ。
この時代は設計業務を行うには 製図台、青焼き機、製図道具、文具(マーカー他)、製本図面置場、カタログ、図書、写真用棚、電話、FAX、コピー機、打合、接客スペースなどそれなりの空間と道具、機械および専門業者が必須だったのである。

しかし現在ではこれらすべて、いやそれ以上のことがパソコンとスマホにネット環境があれば可能となった。
ドラフター、色塗りはパソコンのCAD、ペイントソフト、3Dソフトで描けるし、PDFデータとして出力すればプリントアウトの必要はない。図面を届ける時もメールにPDF添付でOK。
プレゼンはパワポ+プロジェクターが一般的になったので大きな図面をプリントして持ち運ぶ必要もない。
カタログはネットで最新版が閲覧、ダウンロードできる。書籍や写真もデジタル化してクラウドに保存。参考写真なども自分で撮りためる必要もなくネットで検 索すればイメージ写真などは選び放題である。連絡はメールがメインだが電話は無視できないのでスマホ(携帯)は必要である。スマホは電話以外にもカメラや 録音、録画などのツールとして有効であり、アプリなどにも優れものある。
(花の写真を撮ると植物名をリストアップしるアプリがあり重宝している)
FAXもたまに必要になるがFAX受信、送信もパソコンで可能である。
(私はDFAXで受信し、MYFAXで送信している)
計算(積算)、文書作成などはパソコンが最も得意とする分野である。

これだけでOK

 
 WIFIルーター
パソコン

スマホ(携帯)


これで図書館でも、カフェでも、コンビニでも、公園のベンチ、車の中でも仕事ができる。
遠方の人ともネットで打合せも可能である。
このようにインターネットを駆使して場所にとらわれないで仕事をする人をノマドワーカー(ノマドは遊牧民の意味)という。

事務所を片手で持ち運んでいるような感覚、

「どこでも事務所」

といってもいいかもしれない。
すごい時代になったものだ。

2015年7月17日金曜日

ターニングポイント2020

2020年のオリンピックを1964年のオリンピックのような経済成長の起爆剤とし
もう一度経済大国日本を復活させよう!といった期待を持っている人が少なからずいるようである
それは下記のオリンピック招致委員会が2012年 に発表した公式メッセージでも推測できる

-----------------------------------------
オリンピック・パラリンピックは夢をくれる。
そして力をくれる。
経済に力をくれる。
仕事をつくる。
それが未来をつくる。
そして世界の意識をニッポンにつれてきてくれる。
今、それがニッポンには必要だ。
2020年までにあらゆるジャンルのニッポンを復活させるために。
(中略)
このままだとこの国は世界から忘れられてしまうかもしれない。
今何かをしなければ、
この国の未来や子供たちの自信を奪うことになるかもしれない。
誇るべきことを誇るために、
勝つべきものを勝ちとろう。
-----------------------------------------------

かなり時代をはき違えているのではないだろうか
確かに1964年のオリンピックは経済成長国日本を世界にアピールするオリンピックであったが
2020年のオリンピックはそうではない!

日本が成熟社会という新たな時代へシフトするターニングポイント

であることを世界にアピールすべきオリンピックなのである
IOCも経済的負担の少ないオリンピックを推奨している。
それにもかかわらず2520億円という途方もない金額のメインスタジアムを建設しようとしている
組織委員会会長も「りっぱなスタジアムを造らないと世界に笑われる、メンツがたたない」などどいった時代錯誤の発言を聞いていると本当に情けなくなる。
ピカピカヌメヌメの巨大建造物はやめて日本建築のルーツである木材で作っても面白いと思うのだが...(http://natulogy.com/topics/7161/  )

http://natulogy.com/topics/7161/


と思っていたら先ほどメインスタジアム計画白紙撤回という速報があった。
とりあえずホッとしている。

2015/12/22 追記
白紙撤回後、再度コンペが行われ隈研吾氏のデザインが選定された。
「木と緑のスタジアム」がコンセプトで多くの木材が活用された設計で成熟社会にふさわしいデザインだと思う。
木と緑のスタジアム(隈研吾)
 伊藤豊雄氏もコンペに参加していてこちらも神社の御柱がスタジアムを取り囲むようなデザインでふんだんに木材を活用していてよかった。
伊藤氏は前回のコンペにも参加し、その後既存競技場のリノベーション案なども提案し積極的に関わっていただけにちょっと残念でもある。

[追記20181227]
以下に大変興味深い記事があった。
 
抜粋
これからの東京は、小さく幸せにしぼむべき
日本は世界に先駆けて少子高齢社会を突き進んでいますよね。少子高齢社会における幸せのモデルを世界に見せることができれば、1964年のイケイケだった頃の日本とはまったく違う、新しい分野のリーダーとして生まれ変わった姿を感じてもらえるんじゃないかと。日本の伝統的な社会の在り方を見ると、限られた国土や資源の中で小さな幸せを求めていくことで日本文化は洗練されてきたわけです。だからむしろ日本にはそうした社会の姿の方が向いているんじゃないかなと僕は思うんですよね。





2014年3月29日土曜日

ユニバーサル・オリンピック

パラリンピックは現状ではオリンピックの後のおまけのようでテレビ放送も少なく盛り上がりにかける。先日ある議員がパラリンピックをオリンピックの前にやった方がよいのではないかといっていた
確かに現状よりその方がよいと私も思うのだがそもそもパラリンピックとオリンピックをなぜ分けるのか疑問を感じる。
みんな一緒にオリンピックをやればいいと思う。案としては障害によりカテゴリー分けして各競技を行うのだ。健常者は誰でも参加できるオープンカテゴリーにしか参加できないようにし、義足のランナーはオープンカテゴリーでも障害カテゴリーでも自分の参加したい方にエントリーする。
現実的にはさまざまな問題があるのかもしれないが健常者も障害者も同じ開会式と閉会式に参加するユニーバーサルなオリンピックになって欲しい

2014年2月17日月曜日

成熟社会


熟年国家の続編です。)

成長社会から成熟社会へのパラダイムシフトを向かえている
これに気づかず今までのような経済成長社会しかイメージできない人は多い。
これまでのような成長が不可能は理由は人口がすでに減少しているためである。
今後数十年は人口が減少し成長社会が終焉を向かえるのは避けようがない事実である。
では成熟社会とはどんな社会なのか?
私は「女性中心社会」だと考えている
成長期のような競争社会では男性的な行動原理がある程度有効であったが成熟社会では競争より共生が重要となり女性の行動原理に期待できる。
(河合隼雄の母性原理と父性原理によると母性が「わが子はすべてよい子」、父性は「よい子だけがわが子」といった特徴を持っているらしい。)
しかし女性の社会進出が進めば出生率が低下する可能性がある。
このまま人口減りつづければ成熟社会ではなく衰退社会となってしまう。
安定した成熟社会を築くためには安定した人口に収束していかなくてはならない
人口を超単純に考えてみる
子供が生めるのは女性だけで男性は生めない
胎児の性別はXY染色体の組み合わせで決まるので男女の出生割合はほぼ半分づつになる
男女比1:1なので女性が2人子供を生まなくては人口は維持できない。
病気、事故等で死亡してしまう事を考えれば出生率を2.0以上にする必要がある。
現在の出生率は1.4程度で、戦後のベビーブームでは出生率は4.3人以上であった
どうして出生率が下がってしまったのか
様々な要因があると思うが私は社会の家族システムの細分化、女性の高学歴化が大きな要因だと思う。
育児や介護は大家族のような廻りの目が多い方が対応しやすい。
家督制度から民主化といった大きな流れから大家族から核家族へと分化され
さらに情報社会化等により生活の多様性が進み核家族は個人へと細分化されている。
(リビング生活から個室生活へのシフト)
このような環境では女性が一人で子供を生み、育てるといった事への不安、また女性の高学歴化が出産による離職といった選択肢を避けるようになる。結婚しても子供はいなくてもよい、あるいは一人いれば十分と考える夫婦が多くても不思議でない。これでは出生率2.0以上は無理である。
しかし男は子供を生めないが育てることはできる。女が出産し、男が育てるのだ。
育メンなどといわれ育児ごっこをやるといったレベルの話ではなく専業主夫になってでも育児に真っ正面から取り組む。
現状では専業主夫というとかなりマイナーな存在であるがこれが当たり前になるくらいの社会全体の意識改革ができれば女性は出産して復職するといったことが当たり前な女性中心社会となる。
また二世帯住宅、二世帯対応集合住宅のようなお互いの独立性を維持しながら親子世代が隣接して生活するのは介護・育児等に関してはメリットが多い。夫だけでなくその父母世代で女性中心社会をサポートしていく。
出産、育児をサポートすれば人口が増加し再び成長社会へとシフトしていくのではないか?という考え方もできるが
私は過度な人口減少を食い止める程度の効果であり以前のような「産めよ増やせよ」的な状況にはならないと考えている
それは当時のような貧困、物欲が支配した社会ではないからである

成熟社会の大きな特徴は成長社会のような「所有」により生活が豊かになるといった価値観から「シェア」により豊かな生活をするといった価値観へのシフトだと思う。
最近シェアカー、シェアハウス等が話題になっているが物、空間といったハードをシェアーするだけではなく、技術、経験、労働といったソフトもシェアーする。これは老人パワーの活用も期待した細分化されてしまった個人を地域でつなぎ合わせる共助コミュニティ社会システムである。


成熟社会という言葉は40年以上前にイギリスのノーベル物理学者ガボールの著した『成熟社会』(1972)から使い始めたらしい。以下著書の要約
 -----------------------------------------
成熟社会とは、物質万能主義を排し、経済成長や大量消費社会のかわりに、高水準の物質文明と共存しつつも、精神的な豊かさや生活の質の向上を最優先させるような、平和で自由な社会
  1. 自然との闘いから人間性との闘いへ
  2. 物質的・手段的価値から精神的・表出的価値への推移(=成熟)

  • 消費社会の不毛と倦怠(けんたい)の 克服
  • 知能偏重から知能と倫理の調和
  • 善意と幸福を周囲に広げる人間の形成
  • 強制と支配ではなく自由と責任と連帯の拡充
  • 多様な個性と価値観を尊重し許 容する寛容な民主的社会の実現


生活の質の向上による社会の漸進的活性化を意図
人間にとって真の豊かさとは 何かを追求

 ---------------------------------------------日本大百科全書(ニッポニカ)の解説要約
40年以上前に近未来社会として提唱されたのだ。経済学者、社会学者ではなく物理学者というのがおもしろい。
当時は単独国家としての未来像であったがその後経済のグローバル化により他の発展途上の成長社会国家を経済的に取り込み経済成長をどうにか続けているのが現状ではないだろうか。



「参考」
ファミリーサポート事業(地域による育児のサポートシステム)

・シェアハウスで異世代同居 シニア×若者共生探る 
独立性確保と意思疎通カギ 
 新しい暮らし方として5年ほど前から脚光を浴びてきたシェアハウス。利用は若者中心というイメージが強かったが、最近はシニアと若者が一緒に住む試みも始まっている。(日経新聞 平成26年2月)

・ともに子育てシェアハウス ひとり親世帯も安心 
ご近所で一時預かり/シッター派遣 (日経新聞 平成26年2月)

・シェアハウス 間口広く 
音楽・ゴルフ仲間集う 疑似家族で安心感 
 居間などを入居者が共有するシェアハウスが多彩になってきた。ゴルフや音楽などの趣味に加えて、ひとり親だけが集まる物件も相次ぎ開設。賃料は周辺相場に比べて同程度だ。利便性だけでなく、一つ屋根の下で暮らす疑似家族のような楽しさや安心感が人気の背景にある。(日経新聞 平成26年2月)

2013年4月27日土曜日

究極のサマータイム(不定時法)



草木も眠る丑三つ時、お江戸日本橋七つ立ち、明け六つなどと言ったフレーズは聞いた事があると思うがこれらは江戸時代用いられていた不定時法のよる時の呼び方である。
不定時法は現代の様に一日を均等に24で割って1時間を決めたのではなく夜明けに星が見えなくなる時を明け六つ(日の出30分前頃)、夕方暗くなり星が見えてくる時(日の入30分後頃)を暮れ六つとして昼と夜を別々に6等分して時間(一刻)を決めた。春分と秋分頃では昼夜の時間が同じなので一刻は2時間となるがそれ以外では昼と夜では一刻の時間が違う。夏では昼の一刻は夜の一刻より長くなり冬ではその逆になる。呼び方は二種類あり、干支で呼ぶ方法と数字で呼ぶ方法だ。
干支は真夜中の12時を「子」、日の出直前を「卯」、南中時を「午」、日暮時を「酉 」としてその間二つの干支が入り一日十二支で表した。そしてそれぞれの干支を四等分して呼んだ。冒頭の丑三つ時は丑時(*1時〜3時)の間を四等分した三番目の時間なので深夜2時から2時30分の間頃となる。
それぞれの干支の真ん中時間には正という字を付けて読んだ。
例えば午(うま)の真ん中を正午(しょううま)とよび現代でも正午として使われている。午前、午後も午の前と後という意味だと思われる。
数字の呼び方は子を九つとしてそれから順に呼んだが九つの次は十ではなく八つとなる。何故九つから始まり次が八つになるのかというと
中国の陰陽説の影響で九が良い数字とされその次の数字は九の倍数の十八とされていた、さらにその次は三倍数の二十七、三十六、、、となる。そしてこの十の位を省略したために九つの次が八つ、その次が六つ、五つ、四つとなったのである。
子の次の丑は八つ、寅は七つというように割り振っていく昼の午にまた九つにもどる。この方法による九の倍数の呼び方では12までは表現出来ないためであろうか?
数字の呼び方は午前、午後で二度出てくるが実生活では支障はなかった
(今でも午前、午後で同じ数字で呼んでいる)
現代では午前5時といえば夏ではすでに明るいが冬では真っ暗である(月夜は別)
しかし午前の七つといったら夏でも冬でも真っ暗なのである。
七つ立ちとはまだ夜があけない暗闇に出発したという事で灯りが必須となる。
江戸の人々は明け六つから暮れ六つにかけて行動した。
要するに明るい時に活動し暗くなったらさっさと寝ていたのである。
菜種油の値段が米の三倍だった時代に油に灯りを付けて行動をするのは採算が合わない。
明るい時にだけ一生懸命活動する江戸時代は究極のサマータイムだとおもうのである。
不夜城であった吉原は別世界であり、庶民は「寝るほど楽はなかりけり浮世のバカが起きて働く」といってさっさと寝ていた。
(*春分、秋分の頃の場合、夏至の時期であれば2時前後になる)


2013年4月23日火曜日

手巻時計


私の時計は手巻である。
それにはちょっとしたこだわりがある。それは電気をつかわないアイテムだからだ。
スマートフォン、ダブレット、パソコンなど身の回りのグッズは電気で動き、我々はその電気信号により一日中振り回されている。生活の中で最も基本的な時間の管理ぐらいは電気信号に頼らず毎朝ゼンマイを巻く作業を楽しみたい。
ちなみに私の時計は25年前のhamilton9415。結婚前に妻にプレゼントされたもので今でも3~4年に一度オーバーホールに出して使い続けている。そろそろ修理パーツが供給されないといった懸念もあるが、出来るだけ長く使いたい。
決して高い時計ではないが私にはプライスレスの時計です。


後日後記
2018年さすがに部品もなくなり修理も難しくなったので私の還暦の祝いで妻から新しい機械式時計をプレゼントしてもらった。
電気のいらない機械式だが自動巻時計。手巻も可能だが店の人からは日常的に手巻きをするのは時計に負担になるので良くないと言われました。



Max Bill by Junghans Automatic

027 3500 00M
ケースサイズφ38mm
ケース素材ステンレススチール
ムーブメント自動巻 J800.1 
防水性防汗
機能インカブロックショックアブソーバー、ルミナスハンズ&インデックス
風防ドーム型プレキシガラス






2013年4月22日月曜日

熟年国家


人口が減少している。人口が自然減少するのは有史以来初めてのことらしい。
それだけ人口減というのは社会システムの根底から揺り動かす出来事だと思うのだが
それでも日本は従来通りの経済成長を目指している。そして人口が減少する事が一大悪のように考えている。「産めよ増やせよ」の思想から何も変わっていない。
はっきり言って日本はもう若者ではない。鍛えれば鍛えるだけ体力がつく年代ではない。
50~60代のオヤジに100m10秒を切らせるために無理やり鍛えようとしているようなものだ。
それより50~60代なりの成長の仕方があると思うのだが

人口が減少する社会は熟年国家になったということだ。還暦や喜寿を祝うようにめでたい事でもある。今必要なのは人口減少を嘆きながら従来型の経済成長を目指すことではなく熟年国家としての新しい価値判断を模索しながら新しい成長を目指す事だと思う。
このままだと将来、若者一人で老人一人を養わなくてはならいといわれているが、これは単純に65才以上の人が全員養ってもらうという前提である。しかしこれからは元気老人が病気老人をサポートするということも考えられる。老人パワーは偉大なのである。
また経済成長主義により希薄になった近隣のサポート社会が再生されれば多くの人が安心して有意義に歳を重ねる事ができる熟年国家に近づけるのではないだろうか。


http://greenz.jp/main/wp-content/uploads/2014/10/document1.png

追記 20230803毎日新聞より



2011年4月25日月曜日

動的平衡 (diversity balance)


アリの社会では2割のアリは働かないそうである。(働いてないように見える)。そこでこの働かないアリを除いて働いていたアリだけにするとそのうちの2割のアリは同じように働かなくなるという話を聞いた。
効率だけを求めて社会を構成しても思い通りにはいかないという事である。
生物学者の福岡伸一は生命の定義に動的平衡(dynamic equilibrium)という概念を提示し、「生命とは動的平衡にある流れである」とした。
彼は動的平衡を多くの要素が絶え間なく動き、連携し、変化しながら、互いに律しあい、全体として均衡、恒常性を維持し、干渉やかく乱に対して復元する力を発揮する仕組とし、生命、自然、環境はすべて動的な平衡状態にあるといっている
役に立っていないように見えても全体のシステムの中では見えない役割を演じている。ゆえにそれを取り除いてもシステムはそれを復活させるように動くわけだ
現代社会はわかりやすい効率ばかりを追い求め、非効率的なものを排除しようとしてきたが動的平衡の力はそれを戻そうとしそれにより様々なひずみが生じているではないだろうか?
単一精鋭の社会は弱いのである。多様性が絡み合い、変化している状態が外圧にも強くバランスのとれたシステムを維持できるのだ

タイトルのdiversity balance(多様性バランス)は私の造語です