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国旗損壊罪なる法律ができるらしい。日の丸を損壊すると罰せられるようだ。国旗を尊重して愛国心を育むといった事なのか?確かに昔は旗日といって祭日には国旗を掲揚している家があったが最近は全く見なくなった。
でもこのような法律ができたら気軽に国旗を扱えなくなりさらに国民から国旗を遠ざけることになるのではないか?スポーツの応援などで国旗を降る人たちも減ってしまうのではないだろうかと心配してしまう。
そこで提案するのがジャパンフラッグ。国旗ではないので扱いに慎重になる必要がない。
どうでしょう?
ワールドカップの決勝トーナメントの対戦相手を抽選イベントで行い、1次リーグをより充実させかつ興行的にも盛り上げようと先日ブログに書いた。しかしこの提案には弱点がある。最近のワールドカップはスタジアムの収容人数のハードルが高く5万人以上の収容人数を求められる。そのため一つの地域では確保できず多都市による共同開催となりやすい。そうなれば直前まで対戦相手が決まらないと観客や運営スタッフの移動、宿泊に混乱が生じるという事だ。
そこで提案なのがリアデジスタジアムである。リアル観戦とデジタル観戦を融合されたスタジアムのことだ。実はスタジアムの観客数は3万人程度がもっとも臨場感が出るということだこれ以上多くなっても音が抜けてしまうらしい。そこでリアルにスタジアムで観戦できる収容人数は3万人程度にしてデジタル観戦システムを導入する。例えば360度カメラを観戦ポイントごとに数種類設置してそのカメラに世界中から有料でアクセスできるようにする。360度カメラのなのでアクセスした人は自分の見たい方向を自由に見渡すことができる。もっとも迫力のあるグランド脇やメインスタンド、スタンド上部などで価格を設定する。また拍手、ブーイング、応援などをスタジアムに送ることができ、スタジアムには大規模な音響システムがありそれが反映される。
このデジタル観戦料により10万人規模のスタジアムより桁違いの高収入が得られるはずである。
またリアル観戦は希少となりプレミアム価値を高めてより高額で販売することが可能だ。
これにより現地を訪れる人々が大幅に削減できるため当初のトーナメント抽選会により直前に対戦相手がきまっても現場の混乱は減少するはずだ。スタジアム建築も環境負荷が低減され開催地に過剰なインフラを負担させる必要もなくなるのだ。
これはワールドカップに限らず今後のスポーツ観戦を激変させると思うのだが。
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| リアデジ・スタジアム イメージ |
私は那須と東京の二拠点生活をしているが最近昆虫が減っていると感じていた。以前は夏ホタルが10匹ほど見られたが今年は1匹しか確認できなかった。また網戸などにはカナブンや蛾など多くの昆虫が張りついていたが最近は全くいない。最初は「この地域がここ1〜2年の調子がおかしいのだろうか」と思っていた異変が、実は地球規模で底が抜けるように進行している構造変化の一部だったと知り愕然とした。
「インセクト・アポカリプス(昆虫の黙示録)」とよばれているようだ。世界中で昆虫の数(個体数)や総重量(バイオマス)、そして種多様性が凄まじいスピードで激減している現象を指す言葉で2010年代後半から、多くの科学者やメディアが「地球規模の生態系崩壊のサイン」として強い警告を鳴らす際に使われるようになった。単に「特定の珍しい虫が絶滅危惧種になる」という話ではなく、かつてどこにでもいたカナブン、蛾、ハエ、ハチ、そしてホタルのような「ありふれた虫たち」の全体のボリュームが、底が抜けたように減っているのが最大の特徴だ。
虫嫌いな人からみれば「虫がいなくなって快適!」などと思うかもしれないがとんでもないことだ。気候変動のダメージを最もダイレクトに、かつ致命的な形で受けるのが昆虫たちで昆虫がいなくなれば生態系が破壊され社会の土台が崩壊し人類は打つ手がなくなる。人類の危機だ。
2017年にドイツの研究チームが発表した論文で 保護区に指定された自然豊かな森や環境で27年間にわたり虫を採集し続けたところ、昆虫の総重量が75%以上も減少していたことが判明した。手つかずの自然が残る場所でさえ、虫たちが文字通り「消えていた」ことがわかり世界に大きな衝撃を与えた。
主な原因は、以下の4つが複雑に絡み合っている(複合汚染)と考えられている。
生息地の喪失と断片化: 都市開発や、効率を重視した大規模農地の拡大により、虫たちが生きる草地や身を隠す藪が分断され、消滅している。
ネオニコチノイド系農薬などの影響: 現代の農業で広く使われる殺虫剤は非常に強力で、標的以外のハチやトンボ、地中の環境を作る虫たちまで広範囲に、かつ長期的に傷つけている。
気候変動(温暖化と乾燥): 季節のサイクルが狂い、植物が芽吹く時期と、虫が羽化する時期に「ズレ」が生じている。また、冬〜春の極端な乾燥や猛暑は、地中で過ごす幼虫たちに致命的なダメージを与えている。
人工的な光(光害): LED照明などの普及により、夜行性の昆虫の行動や繁殖のサイクルが狂わされている。
ホタルやヒグラシが減れば、それを主食にしている鳥(ヒナの餌はほとんどが虫です)、カエル、トカゲ、クモなどが飢えてしまいます。実際に、ヨーロッパでは昆虫の減少と完全に比例して、一般的な野鳥の数がここ数十年で数億羽規模で激減しています。
世界の野生植物の約80%、そして私たちが口にする作物の3分の1(リンゴ、イチゴ、コーヒー、トマトなど)は、ハチやアブ、チョウなどの昆虫が「受粉」を媒介することで実を結びます。虫がいなくなれば、これらは子孫を残せず、私たちの食卓からも消えることになります。
糞虫(フンチュウ)やシデムシ、多くの蛾の幼虫などは、動物の死骸やフン、落ち葉を分解して土に還す重要な「掃除屋」です。彼らが機能しなくなれば、物質の循環がストップしてしまいます。
多くの生物学者は、この現象を**「気づかれにくい、静かな絶滅」**と呼んでいます。大型哺乳類のように目立たないため、私たちが「最近、車のフロントガラスに虫がぶつからなくなったな」「網戸に虫が来ないな」と気づいた時には、すでに致命的なレベルまで進行しているケースが多いのです。
今回のワールドカップで日本は1次リーグ2位になってブラジルと戦いその結果残念ながら1−2で敗戦しました。1次リーグ3位だったら対戦相手はフランスでした。当然フランスとも対戦したくはありません。ですがここで仮に3位のとき対戦相手がフランスではなくブラジルより戦い安い相手だと分かっていたらスウェーデン戦の戦い方はどうなっていたでしょう?
勝てばブラジル、負ければ戦いやすい相手とわかっていればわざと負けるという選択肢も否定できなくなります。これはスポーツとしては最悪です。
現状の1次リーグの通過順位と決勝トーナメントの対戦表を先に決めておくのは問題があるのではないでしょうか?
提案ですが1次リーグ終了してから決勝トーナメントの対戦相手を決める抽選会をしてはどうでしょうか?現状は1次リーグが終了するとすぐに決勝トーナメントが始まってしまいます。抽選会を挟むことでイベントがより盛り上がり、選手の休息期間も稼げます。
例えば現状と同じ48チームで1次リーグを戦います。4チームで1グループとして12グループです。 決勝トーナメントに進めるのは1位と2位のみにします。1位になった12チームのうち得失点差などで上位8チームをトーナメントの1回戦シードとして残りの16チームがトーナメントの1回戦から戦います。そしてシード及び1回戦の対戦相手を抽選会で決めます。
現状の32チームでのトーナメントと比較すると24チームなので総試合数は8試合減少してしまいますがその分抽選会などの中間イベントを開催することで興行バランスをとります。またチームとしてもグループで良い成績で1位になればシードという特典が得られます。これにより1次リーグは決勝トーナメント進出以上の価値が生まれます。現状では1位になっても大きなメリットはありません。
どうでしょうか。
今日から自転車の青切符制度が始まる。私はロードバイクに乗っているので、日ごろ自転車の走行ルールについては考えさせられることが多い。多くの人が自転車は歩道を走るのが原則と思い込んでいるようだが、当然自転車は軽車両なので車道を走る乗り物だ。歩道を走れるのは限定的だが1つ困ったことがある。例えば三軒茶屋から渋谷のガード下を抜けて青山方面へ向かう時、ガード下手前では車線が5つあり、最も左は左折レーンでその右2レーンは表参道方面、さらに右2レーンが青山方面である。そして車線変更禁止の黄色いラインがある。このため青山方面に行くには左から4番目のレーンまで黄色いラインが始まる前までに車線変更しなくてはならない。ほとんど自殺行為だ。
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| 渋谷ガード下登り車線 青山方面に行くにはトラックの後ろまで行く必要がある。 |
また最近知ったのだが自転車は左折レーンを直進できるとうこと。この規制は自動車のみで軽車両は対象外。黄色い車線変更禁止は軽車両も守らなくてはならない。
こちらは溜池から表参道方面に向かう交差点だが左レーンは左折専用だがわざわさ右ラインに映らなくてもそのまま直進できる。ただ左折車の巻き込みには注意が必要
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| 左折レーン(赤)を走行していても自転車は直進できる |
リスクを回避するならそのまま左折してどこかの横断歩道を降りて押し歩くと言うことになるのだがこれは自転車にとってかなり不便だ。車道による車と自転車の共存なかなか難しい面が多い。
自転車専用のためにフェンスで車と分けて自転車専用レーンを作っているところもあるが、これはちょっと私にとっては使いたくない場所である。ここにはママチャリも子供用の自転車も走れて大体幅が狭い。となるとロードバイクとママチャリ、子供用自転車が狭いレーンを共存すると言うことになりこれはこれで非常に走りにくい。
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| お金をかけて整備してるがロードバイクでは走る気にならない |
私は矢羽の自転車レーン表示は非常に有効だと思っている。車両がいたら右側を注意してすり抜けていく。
左レーン以外を走行することは自分がいくら正しくてもリスクは高いので充分注意して走らなくてはいけない。事故った場合、怪我をするのは自転車側だ。
当ブログの数ページをソースにAI(notebookLM)でスライド動画を作成してみた。
ページのURLとテキストファイルを入力して10分ほどで作成した。
これらの作業はChromeOSフレックスで行った。
ChromeOSはパソコン本体のスペックにはあまり頼らない。基本的に作業の演算処理はWeb上のコンピューターが行う。必要なのは良質なネット環境。古いPCでもそこそこの動作はしてくれる。私はパソコンで3Dソフト(スケッチアップ)をよく使うのだが3Dソフトもサクサクと動く。これは驚きである十分実用に耐えると感じた。
またパソコンが調子悪くなったのでChromeOSを再インストールしたがこれが非常に画期的だった。全ての設定はクラウド上にあるので再インストールしてもその後の設定作業がほぼ皆無で元の状態に戻る。Windowsパソコンなどでは再設定に一日がかりだった。
ChromeOSを利用するには古いパソコンにChromeOSフレックスをUSBからインストールするがChromeOSが初めから入っているChromebookというのもある。こちらはハードウェアもクロムOSに合わせて作っているので安定感は古いPCに入れたものよりかなり良いらしい。
価格も中古ならかなり安いのでChromebookの選択肢もあるかなと思った。
Windows10のサポートが終了してwindows11にアップグレートしないとネット接続が危険になる事が昨年から騒がれていたが私はiPad,iPhoneをネット接続に使ってWindowsマシンはスタンドアローンで特定のアプリ専用パソコンとして使うことにした。だが一点困ったことはgoogleでホームページやブログを編集するのが難しくなってしまったことだ。iPadでも可能だが動作が不安定でやりにくい。googleも編集はPC利用を前提にしているとにのこと。
要するにネット接続できるPCが必要になる。そこで思いついたのがChromeOSである。これはgoogleが提供するフリーOSでUSBからインストールできるのである。以前から使っていたWindowsノートパソコンがあるのだがバッテリーが劣化して使い物にならずまたキーボードも反応しないキーが多数あり処分するしかないと思っていたのだが今回このマシンにChromeOSをインストールしてbluetouthキーボード、マウスをつないでChromeOSデスクトップPCとして復活させた。
手持ちの機器を活用して無料でPC環境を手に入れることができて大満足である。
日本代表戦がテレビで見ることができない時代がやってきた。ワールドベースボールクラシックを見るには配信契約をしてネットで見るしか方法がない。金額はワールドベースボールだけ見るなら498円。(初月キャンペーン)WBCだけ見て解約すればこれ以上はかからないが解約しなければ翌月から最低890円を払い続けることになる。
WBCが見たくて契約してもその後解約の仕方がわからず見続ける人も多いだろう。
私は契約するつもりはないがあとからダイジェストで見るのも臨場感がなくてさみしい気がしていた。
しかしラジオ(ニッポン放送)で実況生中継することがわかった。
スポーツを家でラジオで聞くというのは昭和初期のイメージであるが昨日ラジオでWBCを聞いたが結構楽しめた。補足データとしてネットのスポーツ速報アプリを活用した。
考えてみれば音声だけでその場の状況を伝えるというラジオのスポーツ実況というのはとても奥深い世界だと感じる
「ゴーーーーーール!」
という雄叫びもラジオの実況中継から生まれた
| TIVOLI AUDIO MODEL ONE |
選挙カーでは政策を語ってはいけないらしい。許されているのは名前の連呼と、せいぜい「よろしくお願いします」という挨拶程度である。これでは選挙というより、記憶力テストか早口言葉の練習に近い。民主主義の高度な意思決定が、なぜこの方法に託されているのか不思議でならない。
しかもこの活動は、日本独特のものだという。海外ではほとんど見られないと聞くと、「なぜ日本だけがこの奇妙な文化を守り続けているのか」と、少し悲しい気持ちにすらなる。
今や候補者の政策や実績は、インターネットや紙媒体でいくらでも確認できる時代である。それでも選挙カーが走り続けるのは、「効果があるから」というより、「昔からやっているから」「やらないと不安だから」という理由が大きいのではないか。誰もが疑問を感じつつ、誰も止められない。実に日本的な光景である。
私は毎回投票には行くが、選挙カーの音を聞いて投票先を決めたことは一度もない。むしろ、「静かにしてほしい」という感情の方が強く記憶に残る。
候補者の名前を覚えさせることより、有権者に考えさせることの方が、選挙には重要なはずだ。選挙カーがその役割を果たしていないのであれば、そろそろ静かに、お役御免となってもよいのではなだろうか。
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| Google Earthで作成 |
最近は、温暖化の影響で、北極圏の氷が溶けて北極圏航路が現実的になってきたようである。確かにここを使えば物流の距離はかなり短くなりそうだ。日本の場合、北欧に船で行くとき太平洋、インド洋、スエズ運河を通り地中海、大西洋と言うルートになるが、この北極圏ルートを使えばベーリング海峡の通り北極圏を通過すれば、ノルウェーはすぐその先である。
(日本ーノルウェー 北極周り約10000km インド洋周り約24000km)
最近アメリカのトランプ大統領がグリーンランドをアメリカ領にすると言い出している。北極視点で見ると、確かにここがアメリカ領になれば、ロシアなどに対しても圧力をかけやすくなるのだろう。(地下資源目当てとも言われているが)
温暖化により北極がかなり注目されている。温暖化の数少ないメリットなのかもしれない。しかし温暖化はこれ以上に大きな損害を人類にもたらすのは明らかだ。
私はこれまで、遺骨は四十九日を過ぎたらお墓に埋葬しなければならないものだと思っていました。しかし調べてみるとそのような義務は存在しないことが分かりました。
一般的には四十九日後に埋葬する人が多いものの、それはあくまで慣習であり、法的な強制力はありません。
先日、叔父が亡くなりましたが、まだお墓が決まっていないとのことでした。「四十九日までに墓を決めなければならない」と考え、急いで探している様子でした。しかし実際には、四十九日を過ぎても遺骨を自宅に安置しておくこと自体は、法律上まったく問題ありません。
法律で禁止されているのは、許可なく埋葬したり、散骨したりする行為です。埋葬や散骨には所定の手続きが必要ですが、遺骨をそのまま自宅で保管することは禁止されていないのです。
では、そもそも「お墓」とは何なのでしょうか。
世界に目を向けると、例えばヒンズー教には日本のような「お墓」という概念がありません。火葬後の遺灰は聖なる川に還されます。
また、自然に還すという考え方は世界各地に見られ、日本でも近代以前は、個人墓よりも共同埋葬が一般的でした。
日本で「先祖代々の墓」が広く普及したのは、家制度が重視されるようになってからだと言われています。しかし現代では核家族化が進み、墓の維持管理が難しくなり、「墓じまい」が社会問題として語られるようになりました。
仏教の考え方においては、遺骨そのものに魂が宿るわけではありません。
位牌やお墓は、仏そのものというよりも、**遺された人が手を合わせ、心を向けるための「供養の対象」**と捉えることができます。
一般には「お墓に入ることで安らかに眠れる」と考えられていますが、お墓への埋葬は絶対条件ではありません。
「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません」という歌詞が示す通り、故人は必ずしもお墓の中にいるわけではないのです。
そう考えると、お墓が決まらないからといって、無理に探す必要はないのではないでしょうか。
位牌や遺骨を自宅で安置し、日々手を合わせる。将来的に合同埋葬を選ぶ。そうした形でも、何ら問題はありません。
遺骨を自宅に置くことに心理的な抵抗を感じる人もいるでしょう。しかし技術的には、遺骨をコンパクトに納めることは可能です。小さな容器に収め、仏壇の中で安置できれば、生活の中で違和感なく受け入れられる場合もあります。
むしろ、毎日お参りできるという意味では、心の距離は近くなるとも言えます。
私はこれを「仏壇埋葬」という選択肢として考えています。
これからの社会において、このような埋葬のあり方は、少しずつ受け入れられていくのではないでしょうか。
追記
これは一般的には自宅供養と呼ばれているようです。
国連が機能不全と言われている。確かに常任理事国の一国でも反対なら提案が通らないと言うシステムは組織にとって致命的だと思う。常任理事国は今は5カ国だが、それらが常に自国優先ではなく世界優先で判断できるのか、それは到底無理な話だ。この安保理の拒否権がある限り、国連は絶対に改善されない。この拒否権を無効にする提案をしてもすべての常任理事国が賛成するなどとは、到底考えられない。
よって、今の国連は絶対に改善される事は無い。
そうであれば、今の国連と違う拒否権のない組織(UN2.0)を作るしかない。
参加する国が増えてある程度の規模になったら、既存の国際連盟から離脱する。すぐにはできない改革だが、この方法しかない。
ポストトランプが自国主義ではなく、協調主義になればアメリカもUN2.0に参加することが期待できる。
荒唐無稽な話ではないと思うのだが。
以下はChatGPTによる分析です
初期メンバーとなり得る国・地域
想定される初期メンバー(民主主義・協調主義の先進国)
欧州:ドイツ、フランス、スウェーデン、オランダなど重要なポイント
「西側のクラブ」にならない工夫が必須信頼と正統性を獲得するには?
条件となる柱
普遍的な価値観の明示(民主主義・法の支配・人権)問題点
対応案
UN2.0平和維持部隊(仮称:UN2P)
応募制の加盟国軍から構成(NATO型ではなく、任意参加)資金・経済的基盤
資金源
加盟国からの分担金(国力比例)UN2.0通貨構想(オプション)
20260127
団結して影響力のある第三の道を切り開くのかーー。カナダのカーニー首相は世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の演説
覇権主義を強める中、従来の国際秩序は終わったと指摘。「軍事力や経済力に目を奪われ、正性、誠実さ、ルールに基づく力の強さを見失ってはならない」と述べ、国際秩序の再構築に向けた結束を呼びかけた
最近「自国優先」を掲げる政党が議席を伸ばしている、そんなニュースを耳にすることが増えました。日本だけでなく、アメリカやヨーロッパでも同じ流れが見られます。
私自身は「世界は協調でこそ成り立つ」と考えているので、こうした動きに危機感を覚えるのですが、一方でこんなふうにも思うのです。
協調主義は素晴らしいけれど、それが行き過ぎれば「自国の利益や立場をちゃんと守らなきゃ」という反動が出る。これは後退ではなく、むしろ協調をより深く理解させ、成熟させるための自然な揺り戻しなのかもしれません。
歴史を見ても、協調が進めば必ずナショナリズムが顔を出し、ナショナリズムが強まればまた協調が意識される。
自由貿易 ←→保護貿易、覇権主義←→共存主義、人種主義←→多文化主義、専制主義←→民主主義、資本主義 ←→社会主義
などは社会の大きな揺れ動きではないでしょうか。
それはやじろベイみたいな物でしょうか?
ただ、このやじろベイは安定を嫌います。安定している状態は、どちらにとっても中途半端で都合が悪い状態だからです。
常にどちらかに偏っている。そして逆方向の力が働く。それは大きな揺れになることもあれば、小さな揺れの時もある
そしてこのやじろベイを動かすエネルギーが我々人間の日々の活動です。
私たちはいつまでも同じことを繰り返しているように思えるかもしれません。
けれども、揺れは単なる反復ではなく、螺旋のように少しずつ高みに上っていく
進化だと願ってます。
私は東京那須の2拠点生活をしている。週末東京平日那須と言う林間と都市の往復生活だ
当初は別荘のように使っていたがネット環境が整いリモートワークが可能となり今の生活スタイルになった
政府も2拠点生活を推奨している。理由は地方の活性化と言うことだ。私が2拠点生活をすることによってこの地域に確かにお金は落ちる。たいした金額ではないが例えば食費は近くのスーパーで購入するが金額は年間約30万円、水道ガスで11万円、ネット費8万円、電気は15万円(電気自動車の充電代含)再エネ契約をしているので地域の再エネ事業者の収入に繋がる。住宅は地元の工務店で建てた。またバイクは地元のバイク屋で購入。税金は固定資産税、別荘の町民税を支払っている。ということで、年間60万円以上が地域に払われている。
林都往復は環境に配慮して電気自動車(移動費はガソリン車より安い)。高速は使わずバイパス移動。時間はかかるが急いで移動する必要もない。高速を使えば1往復10,000円近くかかってしまうと言うのも大きな理由だが、、
那須は夏涼しいのがほんとにありがたい。エアコンなしで充分過ごせる。東京ではほぼ24時間エアコンを使う。平均700ワットアワーの消費電力とすれば24時間で17キロワット。那須往復する電気自動車の消費電力が約50キロワットなので、東京で3日間エアコンを使えば東京那須往復ができる計算になる
RINTO LIFE (林都生活)を楽しみたい。
「凛とした暮らし」という意味も含めたいが凛と暮らすのは私にはハードルが高そうだ。
― 成長社会の終焉と成熟社会のための新たなビジョン ―
成長社会とは自転車競争のような社会だと思う。漕ぐ事をやめたら倒れてしまう。そして勝つために必死にこぎ続ける。時にはその疲労感は喜び与えてくれた。
だが次のコーナーの先に崖がある事に気づいていない
1.成長社会の限界
現代社会は「成長疲れ」の状態にある。
• 気候変動や資源の枯渇は、これ以上の経済的拡大を警告している。
• 労働は疲弊を生み、過労死・うつ・孤立が日常化した。
• 格差は拡大し、成長の果実は特定の層に偏在している。
• 生きることが「働くこと」「稼ぐこと」に過剰に同一視され、立ち止まることが許されない社会になった。
成長はかつて、人々を豊かにした。
しかし今、その成長は、心と地球を蝕みはじめている。
2.全世代年金制度という“スタンド”
自転車を止めるには、支えが要る。
そのために私は全世代年金制度を提案した。
全世代年金制度は、その支えとなる「スタンド」の役割を果たす。
• すべての人に最低限の所得を保障し、
• 「こぎ続けなければ倒れる」という恐怖から解放し、
• 自分のペースで生き方を選べる社会を可能にする。
全世代年金制度は、単なる福祉政策ではない。
社会の前提を、「成長」から「成熟」へと切り替える制度的インフラである。
3.散歩社会(成熟社会)の条件
しかし、ペダルを止めるだけでは不十分だ。
必要なのは、散歩を楽しむ社会の設計である。
それは、次のような価値を大切にする社会である。
◉ 時間の再発見
• 忙しさの代わりに、余白を。
• 「使うための時間」から「味わうための時間」へ。
◉ 関係の再構築
• 孤立ではなく共感へ。
• 家族でも職場でもない、第3のつながりを育てる地域の再生。
◉ 創造と学び
• 生産と消費から、表現と共創へ。
• 何歳からでも学び、創ることができる文化的土壌の整備。
◉ ケアと対話
• 利益よりもケアを、スピードよりも対話を大切にする経済への転換。
4. 金銭以外の豊かさ
成熟社会において、豊かさは「貨幣」だけでは測れない。
• 地域での貢献が評価される共感通貨
• 見守りや支え合いを記録する時間銀行
• 感謝や共創が価値になる「非貨幣的経済」
こうした新たな価値尺度の導入により、人は金銭以外の形で「必要とされている実感」を得ることができる。
自転車競争から降りて、歩く。
歩けば、景色が見える。
風の音、他人の気配、季節の移ろいが聞こえてくる。
立ち止まり、考え、語り合うことができる。
それが「成熟」だ。
全世代年金制度は、そのための静かな制度革命である。
成熟社会が共産主義と誤解されないよう比較してみる
項目 | 成熟社会(例:北欧型) | 共産主義(古典的マルクス主義) |
所有 | 私有財産を認めつつ課税・規制 | 私有財産の否定 |
経済システム | 市場経済ベース(修正資本主義) | 計画経済・国家統制 |
自由 | 個人の選択や言論の自由を尊重 | 過去には制限・弾圧も |
政治制度 | 民主主義(複数政党) | 一党独裁が多かった歴史 |
方法論 | 漸進的改革・合意形成重視 | 革命や暴力的転換の可能性 |
[成熟社会に関連している書籍]